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2011年5月15日日曜日

ダットサン・サニー





サニーは1000ccでした。カローラが1100ccでプラス100といわれるとちょっと分が悪いですね。そのあとも「隣の車が小さく見えます。」などライバル争いがつづきます。

トヨタ・カローラ







一家に1台のマイカーブームはカローラとサニーで始まりました。やはりこの位のサイズ、グレードは最低ほしいところです。このあと年間販売のトップをずっと守り続けます。

トヨタ・パブリカ






まだマイカーなど夢だった時代です。トヨタが大衆車というジャンルに送り込んだ車でしたが、あまりにも簡素化されていたのと、日本人は意外にも見栄っ張りで無理をしても豪華なものを欲しがり、この初代はトヨタとしては失敗だったかな。

日野コンテッサ





最初は日野ルノーというルノーの4CVをライセンス生産していましたがライセンス切れを機に発表されたモデルです。基本的には4CVから学んだものを踏襲したリアエンジン車でした。個人的には好きな車です。

2010年12月30日木曜日

マツダ・キャロル





R360に比べてずいぶん本格的になってきました。この車はかなりの時間乗りました。といっても運転練習場ですが。当時自動車学校以外に免許試験を受けるための練習場というのがありました。自分一人でとことこ走るのです。結構通ったのでいざと試験を受けにいき、見事落ちました。高校生でも受けられる軽自動車免許でした。

スバル360






この車は何度か運転したことがあります。2〜3人乗っていると感じないのですが1人で走っているとフワフワして不安定な感じでした。カタログの空車時の写真でリアタイヤにかなりのキャンパーが付いているように、定員乗車でベストセッティングでしょうか。80km位で走ったときは宙に浮くのではと怖い感じでした。

マツダR360






1960年頃は当時の価格でヒルマン・ミンクスが998,000円でした。個人で車を持つのが夢の時代に発売されたのがR360です。30万円でしたが多くの人がこれなら何とかなると思ったのではないでしょうか。小学校の担任のF先生がさっそくこのR360で出勤してこられて学校内が大騒ぎになりました。車好きが集まってわいわい騒いだのです。マイカーブームのきっかけになる車です。

いすゞ・フローリアン





これは意外にも好きなほうでした。当時の日本車に比べてみるとヨーロッパの伝統的なセダンの雰囲気がありました。調べてみるとイタリアのギアがオリジナルデザインを担当したようです。

いすゞ・ベレル







ヒルマン・ミンクスの後継車として自社開発されたものですが、なんか時代遅れな車だと思いました。クラウン、セドリックがライバルですがこのコーラルレッドはどういう狙いでしょうか。結局スタートからこんな調子でいすゞの車作りが始まります。最初からディーゼル車があったりして技術的には早すぎたのかな?

ヒルマン・ミンクス・ハイスタイル






ハイスタイルというのは最終モデルです。

1960 ヒルマン・ミンクス






いすゞがイギリスのヒルマンと提携してライセンス生産していた車です。伯父がピストンリング等の部品メーカーにいて一度いすゞの品川工場へ連れて行ってもらいました。個人的見学でゆっくり見学出来てこのヒルマン・ミンクスには思い出が有ります。